Exhibition

村瀬 治兵衛 漆芸展
–百の探究–

会期:2024年9月18日(水)〜9月23日(月・振替休日)
午前10時~午後7時[最終日午後5時終了]
会場:日本橋三越本店 本館6階 美術特選画廊

究めることをひとつひとつ積み重ねてきた四十年。
探し求める美への執着が作家としての原動力です。
のちの代までも残る作品の完成を目指し常に工房は
百の材と千の試作が所狭しと並ぶといいます。
のびやかで自然な曲線と力強い鉈目、轆轤目…
木の息吹と、これを最大限に引き出す作家の魂が
ともに一体となって私たちの胸に迫ってまいります。
漆と木を識る村瀬治兵衛の世界をご堪能ください。

三越本店 

三代村瀬治兵衛の木と漆と風と

村瀬家のお家芸といえば、なんといっても形の美しさ、逞(たくま)しさ、塗肌の雅味が魅力的な根来の什器である《三つ足盤(ばん)》や《食籠(じきろう)》、茶道具の《香合》や《茶器》であろう。これらは「根来の治兵衛」と呼ばれた二代治兵衛が得意としたものだが、その技を三代治兵衛が自家薬籠中のものとし、今に引き継いでいる。もう一つのお家芸は、初代治兵衛が考案した、ただ美しく仕上げるのではなく、ノミ跡の力強さや木の風合いを残したざっくりとした作品で、これは北大路魯山人から鉈目(なため)や轆轤目(ろくろめ)の残る粗造(あらづく)りの椀の注文を受けたことからはじまった。この二つの技が、祖父と父から受け継いだ三代治兵衛の基本である。
先日、上馬の工房を訪ねて新作の《神代(じんだい)欅鉈削(けやきなたそぎ)香合》を幾つか見せてもらったが、緻密な木目の美しさも然ることながら、木の風合いを損なわないように、造形も自然な形に仕上げられている。そして、話は自然と、林屋晴三氏が席主を務めた茶会のときに選んだ、鉈で荒取りした形をそのまま生かした《欅面削(けやきめんそぎ)中次(なかつぎ)》のことになったが、これは三代治兵衛の傑作である。その後、《銀彩鉈削(ぎんさいなたそぎ)》シリーズがアメリカのフィラデルフィア美術館、イギリスのヴィクトリア&アルバート美術館、大英博物館に収蔵されたのも納得がいく。

そして、林屋氏から「新たな形に挑戦しなければ駄目だ」と言われ、三代治兵衛の挑戦がはじまった。2022年にはアメリカのメトロポリタン美術館に《欅水指》《欅鉈削銀彩中次》が、2024年にアラバマバーミングハム美術館に《欅木瓜形水指》が収蔵されたが、この無垢の木の内側を深く刳り貫いて美しい形に仕上げる《欅水指》《欅木瓜形水指》は三代治兵衛にしか出来ない仕事である。三代治兵衛の新たな作風によるお家芸の誕生である。
2017年頃よりスイスやオランダのアートフェアで作品が展覧されるようになり、茶道具というカテゴリーを越えて美術工芸品として飾られるようになった。そして、現在では大作の大半が海外のコレクターに収まっている。そうした動向を受けて、今展には金銀彩で抽象画を描いたような《盆》や《瓶子(へいし)》《中次》が出品される。古いものでは、色漆で花卉文(かきもん)を描いた《瓶子》や側面に文様を描いた《角切膳》などが知られているが、これは現代のモダンな茶室や空間に合わせた作品で、特に中東で人気が高いという。また、金地に黒漆で幾何学模様を描いた《水指》や《盤》も出品されるが、これは北欧の人々を意識した作品で、これらがどのように使われるか興味深いところである。

森 孝 一(美術評論家・日本陶磁協会常任理事)